『もしも〜し、バウで〜す。』
「バウさん、久しぶりで〜す。○○の○○で〜す。」
四国の女性から5年ぶりの電話であった。この思いがけない電話。何か
あったのだろうか。
『どうした?何かまたあったのか?』
「うん。違うんです。○○日から一泊二日で東京に行くことになって、そ
の時にバウさんに前みたいに付添人で立ち会って欲しいと思って電話
したんです。」
『そうか。そうか。またあの話しが来たんやね〜?』
「そう、ここんとこ3年は毎年なんです。」
『ホテルは決まったの?』
「ん〜んと・・・丘の上のホテルって書いてあったと思うけど・・・」
『違うやろ〜!たぶん山の上ホテルじゃないの?お茶の水の。』
「そうそう、そこです。」
『さすが使うホテルが違うね。相手もそろそろ本番だと思ってんだよね』
この女性と始めて会ったのは、今から12年ぐらい前のことで、彼女が
私の講演会に参加した夜に遡ります。「どうしても一時間下さい。2人
で話しがしたいんです。」と言われて、みんなで食事が終った後に近く
のお城の芝生に座り込んで彼女の話しを聞き始めたのが最初で、そこか
らが驚きの連続でした。
彼女は自分のことを説明する前に、私自身が忘れていた子どもの頃の話
しを始めたのです。口減らしのためにお寺の『このような』部屋に住ん
でいたこと。子どもの頃に落ちてしまった『どぶ川』の話しのこと。つ
らかった『牛乳配達』の話しなどをです。
この話しを聞いた私は驚かされました。その時の自分の心境もそのまま
表現していたからです。私は彼女の話しが一段落した所で聞きました。
『どうして、私の過去がそんなに詳しく分かってるの?』
そこからは、彼女の身の上話しとなって行きました。
彼女はどこでどんな環境で生まれたかを知らないようでした。子どもの
頃に不思議な体験を何度かしたのですが、その話しを分かってくれそう
な人が周りにいなくて、すでに30代になったのですが、私を見込んで
始めて打ち明けたらしいのです。
ただ、子ども心に分かっていることが少しだけあって、新潟の小さな古
い神社に捨てられたようで、そこの神主が父親として片親で育ててくれ
たのですが、小学校に上がる前のある日、その当時新潟の田舎ではまだ
めずらしい黒塗りの高級車3台に乗り込んだ人が訪ねて来て、神主のお
父さんと、一週間ぐらい毎日難しそうな話しをしていたらしいのです。
その人たちの顔は覚えていないのですが、夜になると神社の境内に大き
な望遠鏡を組み立てて、月と星の観測をしながら大きな台帳のようなノ
ートに何かを書き込んでいたことを覚えているらしいのです。
この時の一週間の話しは、彼女が中学生になった時に神主のお父さんが
亡くなられ、その死の間際に詳しく説明をされました。
その黒塗りの高級車の集団は、ある宗教法人の幹部たちで将来彼女がそ
の教団の跡継ぎになることが分かっていて、毎年のように神社に通って
私たちの養女として迎えたいと言っていたのです。
葬儀が終った頃に彼女は今まで縁もゆかりもない関西にまで逃げて、隠
れ住むようになりました。そこで恋愛をして、結婚もして、子どもも授
かって、これでのんびり暮らしていけると思った頃に、またあの黒塗り
の車を見かけるようになったのです。以前と違う所は今までそのグルー
プにはいなかった黒い服を着た女性が2人いたことです。
自分の生活圏に異様な黒い服を着た集団が集り出して、いつも遠くから
観察されているようになって一月程たった頃に、和紙の一通の手紙が送
られてきました。
その手紙の中には、今までのお父さんとのやり取りや教団の説明や教祖
の考えが書かれていました。そしてご家族の人たちにも説明させて頂き
たいので一度会う機会をつくって欲しいと書かれていたのです。
ところが、ご主人にその手紙を見せて説明したところ、このご主人の家
系はその当時はやり出した新興宗教の人が多く、ここでは書ききれない
程の議論の末に離婚になってしまったのです。
彼女はまた、縁もゆかりもない四国の方に子どもを連れて隠れました。
そんな時に私と出会ったのです。
お城の芝生で話しをしてから半年後のことです。彼女から電話がありま
した。教団幹部の人が四国に行くのでご挨拶をしたいと言う手紙が届い
たらしいのです。彼女はもう逃げて生活することを断念して、私を立会
人にして教団幹部の人と会うことにしたいと訴えてきたのです。
四国の真ん中に流れる吉野川の近くに、この教団の教会が素朴なたたず
まいで目立たぬ姿でありました。
建物の中には6人の黒いスーツ姿の幹部が待ち構えていました。その内
の2人の女性が私たちを奥の応接室に案内しました。話しは延々と5時
間にも及ぶ説明でした。そこで彼女の生まれた秘話についても説明を受
けました。
この時2人は初めて宗教法人の名前を知らされたのです。この宗教法人
の名前を知る人は少ないでしょう。私もこの時点までは知りませんでし
たが、活動報告の中にあった植林事業を見て、私は尋ねました。
『この●●●●とはどう言う関係なんですか?』
彼らはやっと心を開いたように見える私に向かって自信たっぷりに言っ
たのです。
「この事業は、私たちがやっていることの一部です。」
『そうですか。あの●●●●をやって来られたのですか・・・・・』
話しが終ってからの相手方は少し余裕が出来たようで、また後日このお
話しの続きをしたいと希望を言われ私たち二人は帰ることになりました。
1回目の会合はそれで終ったのですが、あれから12年の歳月が流れた
今年12月。山の上ホテルが2回目の会合となったのです。
お茶の水の山の上ホテルを知る人は少ないでしょう。しかしこのホテル
は数多くの生きたドラマを生み出した都内有数の老舗ホテルなのです。
彼女と待ち合わせしたロビーには、すでにそれらしい黒いスーツ姿の人
物が2人私たちを遠目で観察しているようでした。そこで私たちはホテ
ルを出て近くのカフェでこれまでの5年の経過を聞くことにしました。
それで、今回の相手方はどうも彼女に結論を迫ることになりそうだと言
うこと分かったのです。
「どうしたらいいと思う?バウさん・・・」
『そうやね〜こちらも結論を出したらどうなん?もう幾つになった?』
「●●になったけど・・・」
『その●●年、相手が待っててくれたんやから、そろそろだよね!』
「そうか〜。そう来るか〜!」
しばらくして、私たちは会合に参加しました。この会合には宗教法人の
代表も来られていて、代表と彼女の2人で2時間ばかり話し合うことに
なったのです。私は彼女の部屋で昼寝をさせてもらうことにしました。
会合が終わり部屋で待っていたいた私に、彼女が言った言葉が意味の深
い言葉でした。
『どうだった?』
「バウさんが12年前に、私に言ってくれたこと覚えてる?」
『ん〜ん、たぶんそれなりのことを言ったと思うけど、覚えてないなぁ』
「徒党を組むな!個人に戻れ!内に帰れ!だったんだよ。」
今回、彼女はこの宗教団体の代表に、徒党を組みたくない。個人に戻る
べきだ。もっと内に帰りたいと言ったらしいのだ。代表はそれを聞いて
感心したようで、「実は私もそのことをこの教団の中でず〜とやってき
たのです。それをあなたに託したいのです」と言われたらしいのです。
それを聞いた私は『上出来だね!出来過ぎた話しだよな〜』と笑ってし
まいました。彼女であれば、何とかやりきるだろう。わたしも何らかの
形で参画することになるようだ。
『そうかぁ〜、また新手が現れたようだ。今度は宗教法人か・・・・』
奇跡は神が行うものではありません。ヒトが動いた時に現れる現象です。
ですから手を合わせるモノでもありませんし、
お願いするモノでもありません。
奇跡は私たちが動くたびに現れている現象なんです。
ただそのことをほとんどの人が見逃しているのがこの世界なのです。
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