朝日新聞の元論説委員から紹介されたので、一度お会いしたいと書かれた
女性からのメールが届き、都内でお会いすることになった。
彼女は30代になったばかりのようで、つい最近まで7年間アフリカでエ
イズと貧困のことで、EUのNGOに属しながら奔走していたようだ。
アフリカでは3分の2の国を廻りながら過酷な環境の中で、それこそ命が
けで動き回り、今年久しぶりに日本に帰って来たらしいのだが、改めて見
た日本の姿にいろんな面でショックを受けたとメールで伝えていた。
そんなことを元論説委員と話しをしていたら「じゃ、バウさんと話しをし
たらどうだ?」と私を紹介されたらしいのだ。
渋谷の文化村のカフェで始めて顔を合わせた瞬間から、私たち二人には仲
間意識が生まれていた。近づくにつれスッピンの彼女の顔が見えはじめ、
手が届く距離になった時に、お互い黙って長い時間のハグをして・・・・
これは同じような生活意識をもった特待遇の仲間と出会えた時に交わすい
つもの私の表現なのだが、彼女も一瞬でその状況を認めたようだ。
『で、これからどうすんの?』
「日本から出ようと思っています。」
『そうか・・・・・』
『どっちにいくつもり?』
「アフリカに戻ったらもう出ることができないと思うんで、その前に南米
に行きたいと思っています。」
『じゃあ、メキシコの友人を紹介しようか。彼はレストランをやってるか
ら、毎日おいしいタコスを食べられるよ!』
「よーし、じゃあメキシコからパタゴニアまで現地の生活を見て来ます。」
少しの話しで次ぎに行く方向が定まって、彼女は少し落ち着いたようだ。
それからのんびりと日本に帰って来てからのショックについて話し出した。
メディアがバラエティーに呑み込まれている。みんな政治に期待し過ぎて
いる。お金の有効な使い方を知らない人が多すぎる。人のために生きる人
が少なすぎる。ほとんどの人が勇気がない・・・・・。
私は30分ぐらいの間、だまって彼女の話しにうなづいていた。
「たくさん話しができて、スッキリしました。バウさんは私のショックを
どう思われますか?」
『そうだね、今聞いた話しにはどれをとっても面白い共通点があるのが分
かるかな?』
「共通点ですか?」
『そう、共通点だよ』
『みんな何かと比べてるよね』
「・・・・・・?」
『比較してもしょうがないと思わないか?どこかの国のメディアはもっと
ドキュメンタリーな内容をその国の人に流しているかもお知れないし、
たしかにそれに比べて日本の国のメディアはバラエティーに呑み込まれ
ているかも知れないけど、それはそれで情報を流す方も受け取る方も何
かを学んでいる最中かも知れない。いずれ気が付くときが来るんだろう
ね。それまでそのリズムを楽しみながら待つと言うやり方もあるんだよ。
これは、どこかの国と日本の国を比べてんだよね』
『みんな政治に期待し過ぎている。という問題も一緒だよね!いずれはそ
の期待する労力の部分を個人の判断力や生き方に使った方がいいのだと
分かる時が来て、●●ちゃんのように自分の足と感性を使って世界に羽ば
たく時が来るかも知れない。これも自分の生き方とたまたま見た自分の
周りの人を比較してるんだよね』
『お金の有効な使い方を知らない人が多すぎる。ってのも、一緒だよね!
私はお金というものは本来いいエネルギーを生み出す道具だと思ってん
だけど、そこにたどり着く人がたしかに少ない。でもその人たちも今は
学習中だと思うよ』
『人のために生きる人が少なすぎる。も一緒だよね!ここに焦点を合わせ
ると、いっぺんに思考回路から行動半径までちょんちょんちょんと倍増
していくことを知らない人が多すぎると思うけど、これも●●ちゃんがた
またま周りの人より先に知っただけで、それを比べて批判したり話しの
ネタにしたらダメだと思うなぁ〜』
『ほとんどの人が勇気がないと言うのも、確かにうなずける。これも誰か
と比較した話しだよね?人それぞれのレベルで勇気を出して生きている
と感じる自分になった方がおもしろく生きて行けると思うけどなぁ〜』
『さっきの話しの中で、紛争ってどうして起こるか分かりますかって聞い
てたけど、私の答えは●●ちゃんの答えとは少し違ってるんだ』
彼女は、ここでやっと身を乗り出して慎重に聞く仕草を出して来た。
『攻める方も、攻められる方も、武器を使って戦う方も、武器を持たずに
抵抗する方も、その紛争に集るみんなが学習をしているんだ。そこに集
って学んでいるんだと考えればいいんだよ!
彼らにはこの両者が必要で、だからそこに生まれて来たとも言えると私
は考えている。いい方を変えると学ぶためにそこに生まれて来たと言っ
た方が分かりやすいかも知れないね』
彼女は少し怒り出したようで、私に対して反論をしようとしていた。
『もちろん、紛争に仲裁に入ることを、それは無駄なことだと言っている
訳ではないんだよ!仲裁に入る人は、すでにそれらを学習した人たちで
その学習から学んだ経験や知識で紛争をやめさせようとしているんだか
ら・・・』
『ただしまだ経験していない人や学習中の人たちに向かって、バカにする
言葉を吐いてはならないよね!今日の●●ちゃんの話しのほとんどは自分
と他者を比較して、その批判をしているだけに聞えてたんだよ、私には』
地下にあるドゥ マゴ パリから高い吹き抜けを見上げながら、彼女は大きな
吐息を吹き上げていた。これで彼女の毒っけが渋谷の街に出されて行った。
まるでエレファント・マンのあの息のように。
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