私が山に登る時は、いつも面白い儀式から始めることにしています。
これはと思う樹木に手の平をあてて、今まで私が知り合った樹木の仲間たちや、今日始めてこの山で出会う樹木たちに伝言してもらうのです。
『やっと、ここまで来たからね!仲間のみんなに知らせて欲しい。見守って欲しいと伝えて欲しい。』
山の中で小さな沢に出くわした時も同じような儀式をします。沢の上の方から麓の方に駆け下って行こうとする気と水に向かって『ありがとう!また何処かで会おうね。通らせてもらうね!』この気と水は、どうも沢の奥の方で同じ場所から生まれてくると思っているのです。
山に登っている時の呼吸法は、鼻から息を入れるという単純なものです。よく疲れた場合に、犬が走った後でよくやるような口から息を吸おうする人がいるのですが、この呼吸法ではかえって力がなくなって行くのです。
鼻っておもしろいんですね。同じ呼吸でも鼻から空気を吸い込むと、その空気が膨大なエネルギーに変わって行くのですから。
今まで、いろんな人に山の中でこの呼吸法をおすすめしたのですが、みんな自分で試して、その違いに感動してくれました。
それと、山はひとりで登った方がいいですよね。
これは、いつも複数の人と登ることに慣れた人には、意外な言葉に聞えるかもしれませんが、一度単独をおやりください。そのすばらしさが理解できるようになるでしょう。人は一人の時間が多くなるほど、自分の中への探究心を生み出すものだからです。
と、ここまで書くと、先週行った南魚沼の巻機山に見事に登頂できたと思う人が多いでしょうが、残念ながら巻機山への登頂はできませんでした。
清水の登山口から登り始めてわずか10分たらずの場所で、断念したのです。
もともとこの日は体調がいい状態ではなかったのですが、特にこの早朝は、血圧がなかなか上がってくれなくて、少し登るだけでめまいが出始めたのです。
この調子で登ったとしても辛さだけが骨身にしみこむような状態になると感じて、これは自分の体にとっても、こころにとっても、他の人にも、山にも申し訳ないと思ってその先の登頂を断念することにしました。
登山道に入ってからの登頂断念というのは、これで2回目です。
一回目は甲州と武蔵と信州の三つの県境にまたがる甲武信岳に挑んだ時のことでした。4月の後半という季節だったのですが、豪雪に見舞われたのです。
長野県側から登り始めたのですが、千曲川の源流点あたりから大雪が始まり、わずか30分後には膝の高さまで、しばらく様子を見ていたのですが、2時間後には腰の高さまで雪が積もってしまったのです。
この時、「しばらく様子を見る」ことをせず、すぐに麓に戻る判断が出来ておればよかったのですが、2時間も様子見の時間を使った結果、その後の3日間を雪の中で一人でビバークすることになってしまったのです。
この時の経験から、人は簡単に死んでしまうんだと言う実感が生まれて、命を大切にする考えが生まれて来たのですが、それほどこの雪の中の3日間のビバークは大変でした。
今回の巻機山への旅は、いろんなことを思い出させる旅となりました。
登山口から10分登った所から引き返そうとした私の体は、冷や汗で全身が汗だらけの状態でした。結局、登りで10分かけた道を、休憩を取りながら1時間もかけて下ることになったのです。
登山口の駐車場に戻った時は、7時を越えていました。
さて、どうするかです。みんなが下山してくるまで9時間あるので、どうしようかとなりました。考えてみれば、山の中でひとりぼっちの状態は久しぶりですから、うれしくなっていきました。
この登山口あたりは標高830mぐらいで、新潟でも豪雪地帯の山奥ですから
この場所で自由な時間を9時間も与えられたら、嬉しくなるのも当然です。
私は、登山口近くの朴の木に手の平を当てた場所に戻って、もう一度ご挨拶からやり直すことにしました。
『体調が良くないことが、よく分かりました。これからはもっとこの体を大切にしていきます。こんな私にふさわしい場所は何処でしょう?この近くにあれば教えて欲しいのです。仲間たちに伝えて下さい。ここで返事を待ちます から・・・』
しばらくして、返事らしきものが届きました。『峠の方』らしいのです。
峠って言われても、山の中にいる訳だから、たくさんあるはずだし、どうしようと思っていたら、ちょうどその場所に林業をやっている地元のおじいちゃんが現れて、お互いの挨拶も交わさないで「巻機山はどうしてこんなに人気があるの?」と質問されたのです。
そこで、日本百名山のひとつと言うことで、みんなやっきになって登ろうとしているんだと説明したら、その説明が終わらないうちに、清水峠の話しが出て来たのです。
『そうか、そうか。ここでまた役者が一人出て来る仕掛けになってたんだ』とガッテン。
その何とか林業のヘルメットをかぶったおじいちゃんの話しによると、おじいちゃんのお母さんが、むかし群馬の人に何かを頼みに行くことになって、清水峠を通って3回も往復したのですが、いい返事をもらうことが出来なくて、10月の末に4回目の峠越えをしようとしたのですが、清水の集落を越えたあたりから雪が降り出して、峠にたどり着くことが出来ずに、途中の山でどうしようかと途方にくれていたら、峠の方からその群馬の人がいい返事を聞かせたいと、命がけで知らせに来たらしいのです。
「だから、清水峠はいいとこなんだ」で話しが終わり、その後、挨拶もしないでタバコの吸い殻をその場に捨てて、立ち去ってしまったのです(笑)
と言う訳で、清水峠に向かうことにしました。
地図がなかったのですが、この巻機山に向かって来る途中に清水峠の道路標識があったので、そこまで戻って標識に書かれていた道を進むことにしました。
車で40分ほど走ったでしょうか、清水峠の方から流れ出した登川がよく見える場所があったので、河原に降りてみることにしました。
道路から河原までの高さは10m。何とか河原に降り立った私の目の前に、私の体を寝かせてくれそうな、平で大きな岩が川の真ん中に現れたのです。
この岩は、近くの岩と比べて光っているように見えました。
『そうか、ここのことだったのか』
ここからは、いつも山頂に登った時と同じことをやっていきました。
私は、岩の上でおいしいコーヒーを登川の水でつくって、のんびりするところから始めていきました。
持って来たiPodの中の『Hymn To Hope』を繰り返し聞きながら瞑想にはいって行きました。
この曲は、私の現れです。この音を目の前の全てのものに聞かせたいという思いがある曲なのです。いつも山の頂や見晴らしの良い場所で、目の前に現れた全ての山々に、全ての樹木たちに、葉っぱの一枚づつに聞かせて来ました。
私にとってこの曲は、瞑想に入っていくプロローグでもあり、叙事詩でもあり祝詞でもありエピローグでもあるのです。
・・・・・いつしか、眠ってしまったようです。
気がついて車にもどって時間を見たら、夕方の4時になっていました。
岩の上で、人知れず7時間も眠ったようです。
何かリセットできたのかも知れません(笑)
時々、遠く霞んだ山々を想像しながら聞いてください。下のサイトの右上の三角マークをクリックすると聞くことができます。こころをこめて・・・
Secret Garden - Hymn To Hope (希望への讃美歌)
http://www.lastfm.jp/music/Secret+Garden/_/Hymn+To+Hope
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