丸ノ内線に乗っている時に、向かえっかわに座っているサラリーマンの先輩格の人が言った言葉に出くわしました。
「そんなことも分からんのか?」
何か、相手を小馬鹿にしているようでもあって、踏み込んで愛情を注いでいるようでもあって、しかし、その表情から怒りを感じてしまう先輩後輩の二人の会話だったのです。
この言葉を聞いて、何か自分が言われているような気になって、しばらくこの言葉が耳から離れないで地下鉄に揺られて行きました。
考えてみると「そんなことも分からんのか?」を私はたくさんの人から言われてきたんだと、思うようになっていたのです。
学校の先生からも、たくさん言われたし、友人や先輩からも、たくさん言われたし、兄弟からも、たくさん言われた記憶が残っているのです。
その時の記憶をたどって行くと、たいていの場合は「そんなことも分からんのか?」と言う人の「その時点で知っている『常識』」がそこにあったり、まだまだ未熟なままの経験があって「そんなことも分からんのか?」となったのかも知れないと、考えが落ち着きました。
ところが、オヤジとおふくろから「そんなことも分からんのか?」と言われたかどうかと考えてみたのですが、記憶の中ではまったく言われた覚えがないのです。
それに近い会話の時も、オヤジもおふくろもいつも『にたぁ〜』と笑っているだけで「そんなことも分からんのか?」と言いたい雰囲気もまったくなかったのです。
これって、無条件に分かるまで『待つ』ってことだし、お前の人生だから自分のペースで自分が理解できる範囲で疑問を解いて行けばいいんだよと、念押しをしてくれた『にたぁ〜』でもあるし、と考えていたら、目的の駅に着きました。
電車から降りる時に、その先輩サラリーマンがまるで私の前に現れた仙人のように思えて、一礼して降りました。
それにしても、いつも大切な人のそばにいて、それもその人のペースを見守りながら、黙ってるってことを私はやって来たのかどうか、用事を終えて乗り込んだ丸ノ内線で、また考え込んでしまいました。
そうか、これは禁句の棚にしまっておこう。
どうも私は、たくさんの人に嫌な気持ちをさせたのだろうと反省していたら、いつもの駅に着いていました。
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